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本文へジャンプ 2009年6月15日更新 

 

中 国 仏 教 入 門

阿弥陀如来
阿弥陀如来(あみだにょらい)とは、梵名は、「アミターバ」(amitaabha)、
あるいは「アミターユス」 (amitaayus)といい、それを「阿弥陀」と音写する。
大乗仏教の如来の一つ。
西方にある極楽という仏国土を持つ(極楽浄土)。阿弥陀仏・弥陀仏ともいう。

また、梵名の「アミターバ」は「無限の光をもつもの」、「アミターユス」は「無限の寿命をもつもの」の意味で、
これを漢訳して無量寿仏・無量光仏ともいう。

空間と時間の制約を受けない仏であることをしめす。
無明の現世をあまねく照らす光の仏とされる。

阿弥陀如来は無量光、無量寿と訳し、
無量光如来(無限に十方世界を照らす量りしれない光をもつ如来)、
無量寿如来(寿命が無量である如来)、尽十方無碍光仏ともいう。

「無量寿経」によると、阿弥陀如来は想像を絶する昔、
インドの国王であったが王位を捨て出家、法蔵(ほうぞう)と名乗った。
法蔵は一切の人々を救い浄土に往生させたいと四十八の本願をたて、
長い間修行して西方極楽浄土の教主、阿弥陀如来となられた。

阿弥陀如来を念ずれば極楽往生できる信仰は
平安時代、恵心僧都の「往生要集」が出たことにより、末法思想と相まって浸透した。

浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、時宗の一遍が出て日本全国に広まった。

「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」を浄土三部経という。

造形化された時は、装身具を着けない質素な服装の如来形で、
定印・説法印・施無畏印・与願印を組み合わせた
九品来迎印(詳しくは印相を参照のこと)を結ぶ姿で表されることが多い。

阿弥陀三尊として祀られるときは、脇侍に観音菩薩・勢至菩薩を配する。
密教においては、五仏(五智如来)の一如来として尊崇される。

浄土三部経
『仏説無量寿経』によると、
一切の衆生救済のために王位を捨てて、世自在王仏のもとで法蔵菩薩と名乗り修行をした。

非常に長期間衆生の救済の思索をめぐらし(五劫思惟〈ごこうしゆい〉)、
浄土への往生の手立てを見出し、衆生救済に関して48の誓願(四十八願)を発願したのち、
改めて誓いを立て修行し、それが成就し仏となった報身仏と説かれる。

また、現在も仏国土である「極楽」で説法をしていると説かれている。
特に浄土教諸宗において、四十八願のうち、第十八願を重要視する。

『仏説阿弥陀経』では、「極楽」のありさまと阿弥陀仏の徳が説かれる。
東方・西方・南方・北方・下方・上方世界のガンジス河の砂の数ほどの諸仏から賞賛されていると説かれる。
そして「極楽」に生まれる方法が説かれる。

浄土真宗
浄土真宗においては、阿弥陀如来のみを本尊とする。

中心教義も阿弥陀如来の本願力にのみ帰依することとする。
末法濁世の衆生は、煩悩具足の凡夫であり、自らの力では、いかなる善も完遂しえないとする。
そのため「他力」によってのみ救済されるとする。
但し、他力本願という言葉を、「ムシのいい、他人への依存」、「無責任」という意味で用いられることがあるが、
本来の用法からして誤解・誤用である。

釈尊が「浄土三部経」によって説かれたことに由来し、善導は『観無量寿経疏』にて、
法然は『選択本願念仏集』にて注釈し、
それらを受けた親鸞が『顕浄土真実教行証文類』(『教行信証』)において引用・注釈する。
この事は『歎異抄』の第二章に、端的に述べられている。

チベット仏教
チベット仏教(-ぶっきょう)は、チベットを中心に発展した仏教の一派。
大乗仏教の系統を汲み、
特に密教を大きな柱とすることから「チベット密教」と呼んで同じと見なされがちであるが、
実際は顕教の諸哲学や上座部仏教的な出家戒律制度も広く包含する総合仏教である。
独自のチベット語訳の大蔵経を所依とする教義体系を持ち、
漢訳経典に準拠する北伝仏教と並んで、現存する大乗仏教の二大系統をなす。

ラマと呼ばれる高僧、特に化身ラマ(転生活仏)を尊崇することから、
かつては一般に「ラマ教」(喇嘛教、Lamaism)と呼び、ややもすると異質な宗教と見なす向きがあったが、
歴然とした正統仏教の一派であると自任するチベット仏教の本質が理解されるにつれて、
偏見を助長する不適当な呼称とされ、現在では推奨されなくなっている。

ゾロアスター教との関係
大乗仏教で登場した仏尊であり、
その起源はゾロアスター教などのイラン系の信仰に由来するという説もある。
それによると、
光明の最高神アフラ・マズダーが無量光如来、無限時間の神ズルワーンが無量寿如来の原型とされる。

西方極楽浄土は、ゾロアスター教の起源であるイラン地方、
もしくは肥沃で繁栄した古代バビロニア地方が背景になっているとする説もある。

キリスト教との関係
西暦1世紀後半にはすでにインドに入っていたキリストの使徒トマスにより、
東方キリスト教の影響を受けたとの説もある。


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